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■1439 / inTopicNo.1)  緊張するUSA
  
□投稿者/ モロ @MAIL -(2003/11/25(Tue) 15:06:52)
http://osaki.konko.jp
     戦争する国は、極度に緊張するものだ。そのことを、今度のハワイ行きでも痛感しました。
     まず成田で、出国の際にパスポートを提示するのは当然として、中華航空でしたが、飛行機に乗り込むときにもパスポートで顔の照合が行われました。ホノルルで、入国審査でも本人確認などが行われるのは当然としても、通関申告の場所で、グラマーな黒人女性は、パスポートを1ページ毎に丹念に調べて、「ブラジルに行っているんですね。何年に行きましたか」と聞きます。「うーん、ずいぶんと面白い国々に行っているんですね。レバノンですかあ。ヨルダンでは何がありましたか」といった調子です。私の後ろには長蛇の列です。

     帰国するとき、身につけている金属はすべて外させられました。ベルトもです。そして驚いたことに、全員靴を脱がせ、裸足で金属探知装置のゲートをくぐらせました。こんなことは初めてです。昨年、カナダ、アメリカで2回靴を脱がされましたが、人を選んで、その場で靴を調べたのですが、今回は全員が靴を脱がされ、その靴はX線を通し、本人は数メートルはだしで歩かされたのです。

     戦時においては、敵がどのような方法で潜入してくるかもしれない、と国自体がおびえているのです。時として憎悪をむき出しにします。

     以前にも、その経験があります。イスラエルに入国するときです。エジプトのカイロ経由、ヨルダンのアンマン経由でした。レバノンは、まさに戦争していましたから、ベイルートからカイロ経由でテルアビブに入らなければなりませんでした。
     イスラエルは、アラブ国に取り囲まれています。第2次世界大戦後、4度にわたる中東戦争でイスラエルは領土を拡大しましたが、領土内にパレスチナをガザ地区と西岸地区に抱え込むことになったために、国内で常時戦闘がおきます。首都での爆弾攻撃は日常化しています。人々は、エルサレムのレストランで食事をするとき、爆弾テロがあったとき、どこなら死ぬ確率が低いかを考えて席取りをします。表口より奥の方が被害の確率は低いようです。国としては、外部からのいかなる敵対者も入れたくないわけですから、その分、入国審査は厳格を究めるのです。
     今回のハワイでの出入国は、それに較べればずっと穏やかなものでしたが、ふと10年前のことを思い出してしまいました。

     日本もアメリカに遅れをとるまじと、戦争当事国になろうとしていますが、そうなると、日本も、空港で今の何十倍も厳格な出入国をしなければならない国になるでしょう。新幹線に乗るためにも、ベルトを外したり、靴を脱がせたりしなければならなくなったら、ずいぶんと住みにくい国になるでしょうね。レストランにいても、電車に乗っても、いつテロが起きるか、おびえ続け、緊張し続ける国になってしまうのでしょうか。
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■1443 / inTopicNo.2)  Re[1]: 国境越え
□投稿者/ モロ @MAIL -(2003/11/27(Thu) 20:26:57)
http://osaki.konko.jp
     日本は海に囲まれた国ですから、通常、国境越えは空港になります。
     イスラエルへの入国は二通り経験しました。一つはカイロ空港からテルアビブへです。出国はその逆ルートでした。カイロ空港で、イスラエルの検査官がチェックしました。私たちは十数名の団体だったので、リーダーだけが英語が分かることにして通訳になり、他の人は日本語で応答しようということになりました。この検査はひどく時間がかかりますから、空港にはかなり早くから待機しました。

     長く待機しているとき、若くて美人の小柄な女性が一行のうちの大学生に、「どこへ行くの?」と英語で聞きました。かれが英語で答えると、「ちょっとこっちに来なさい」とどこかへ連れ去られました。検査官だったのです。かれは、20分間にわたる詰問をうけて戻ってきました。「あー、心臓が凍ったあー」と青ざめた顔で戻ってきました。

     検査官の質問はものすごく攻撃的でした。人とのあのようなやりとりをしていたのでは人格破壊を起こすのではないか、と思われるほどでした。

     テルアビブから出国の時、「これはあなたの安全のためです」と断りを言って、「荷物は自分で詰めましたか」「パッキングしてから荷物の前を離れませんでしたか」「人からの預かりものはないか」などのお定まりの質問をうけました。
     「ピストルや銃を持っていませんか」と聞かれたとき、「はい、下半身の方に持ってます」と日本語で答えたら、通訳の神父さんは吹き出しそうな顔をしながら、検査官には懸命に否定していました。後でその神父、「田中さん、ひどいじゃないですか。あんな場面であんな冗談やめてくださいよ」と抗議。この一件、グループでは一つ話になって、旅行の間中、しばしば笑い話になりました。
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■1447 / inTopicNo.3)  Re[2]: 国境越え
□投稿者/ モロ @MAIL -(2003/12/02(Tue) 21:25:26)
http://osaki.konko.jp
     もう一つのイスラエルへの国境越えは、ヨルダンのアンマンから陸路入るルートです。アンマンからずっと谷に下り続けてヨルダン川にかかる橋が国境です。ヨルダンで入手した地図では、「キング・フセイン橋」となっていましたが、イスラエルの地図では、「アレンビー橋」と記されていました。
     チャーターバスは、まず、国境の手前で止められ、まずは軍人がやってきて、パスポートチェック。次に全員下車、荷物を全部下ろさせられました。そして、荷物を全部開梱させられました。一つ一つ厳重にチェックです。

     8月。外気温は40度Cを越えています。じりじりとした陽射しです。日影には、パレスチナ人が順番待ちらしく、だらっと群れています。どういうわけか、巨大な革製のカバンを売る商人が、カバンをずらりと並べています。何でこんなところでカバン屋なのか不思議に思いましたが、その理由がすぐに分かりました。国境越えをしようとする人たちのくたびれた古いカバンは、検査のため何度も開けられると、鍵や蝶つがいが壊れて二度としまらなくなってしまうのです。散乱した荷物を一まとめにするには、新しいカバンが必要になります。

     ヨルダンを出国するのに2度チェック。イスラエルに入るのに2度チェック。国境のヨルダン川はそこではほんの数メートルの巾しかなく、木製の橋も短いものでした。しかし、橋の手前にはヨルダン軍が、向こう側にはイスラエル軍が機関銃を構えて警備しています。
     ヨルダン川はやがて死海に至りますが、ここは海抜−400mで、地球上もっとも低いところになります。
     川を渡って、イスラエルの入国審査の場所でチャーターバスはわれわれを降ろすと、アンマンに帰っていきました。

     イスラエル入国の時には、スタンプを押さないで下さい、と頼みます。すると別の用紙をくれます。パスポートにイスラエルのスタンプを押されると、もうアラブの国には入れなくなるからです。
     カメラは天井に向けてシャッターを押すように言われます。イスラエルは国民皆兵で、大学教授といえども年に定められた日数は軍務に就かなければならないとのことでした。若い人や年配者が国境警備に就いていました。若い女性の検査官に、「天井に向けてシャッターを押して下さい」と言われたので、悪ふざけで、彼女に向けてシャッターを切ろうとしたら、彼女はカウンターの下にさっと隠れました。緊迫したこういう場面での悪ふざけはしてはいけないことだとその時悟りました。
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