信心の稽古

 御理解第七十一節に「ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。 まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ」とみ教え下さってあります。
 こことは教会のお広前であり、正真氏子の願い礼場所、信心の稽古場所であります。
 私共が生きてゆく道は信心に基く真の生き方となってこそ、家が栄え子孫も立ち行くのであります。
 とかく私共は長い間のくせで我情我慾にとらわれた生き方になりがちであり、そこから様々の難儀を生み出している有様です。
 そんな時に心を神様に向け、御取次を頂く事により、自他共におかげを受け助けられ、立ち行くようになられた方々は数限りなくありまして有難い事に思います。
 その中のある実話をお話ししようと思います。
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 夫婦の間に子供が無く、淋しい思いにたえかね、望んで幼い女の児を養女に迎えた方があります。
 目の中に入れても痛くない程に可愛がって育てたのですが、突然脳膜炎にかかり、一命危き状態になりました。その時御神縁を頂かれて、或る方に導かれ、教会に参拝し、先生に御取次を願い、一心にお縋りされ、一命とりとめる広大なおかげをうけ、とても有難いと厚く御礼を申されました。
 だが脳膜炎の為か、頭脳の働きがにぶくなりまして、小学校は義務教育で卒業できたのですが、上の学校には入れません。それで何か身につける道はないかと考え、女の児の希望も聞いた上で、洋裁を習わせる事になりました。
 ところが預けた洋裁店から数日目に帰されてきました。どうした事かと母親がお店に行きわけを尋ねますと、あまりにものみこみが悪い上にヘマばかりするので、他のお針子がいやがり、どうしても預りきれないので、という返事でした。
 止むを得ず、他のお店に頼み、住込みで置いて頂きましたが、そこからも何日もたたぬうちに同じような理由で帰されてくる始末で、あちらのお店をさがしては頼み、帰されると、こちらのお店に頼みと各地の洋裁店を探しては何度も繰返して、何とか一人前になってもらいたいと必死になって骨折りましたが、どこでも一ケ所に幾日と続かぬ有様に、すっかり母親があきれてしまい、いつの間にか、この馬鹿がと口ぐせのように申しておりました。
 そうこうしているうちに幾年がたち、その女の児も十九才の年頃の娘になりました。或日いつものようにこの馬鹿がと口にしたとたん、今の今迄おとなしく口答え一つしなかった娘さんが、突然怒り出し、よくも今まで馬鹿呼ばわりしてと包丁を持って暴れ出し、殺してやると、母親のあとを追い廻すので、母親は殺されるとびっくりして、家を飛び出し、逃げまわり、さてどうしょうと思案に暮れたあげく、教会へ参り、先生に事情を話し、もう家にはこわくて帰れない、どこか奉公口でもないかしらと困り果てていました。

 その時、先生より次のようなお話を聞かされました。
 「いくら困ったからとて馬鹿呼ばわりはよくない。神様にお願いして無い命を助けて頂いたのであるから、必ず何か世渡りの上に役立つ才能を授けて頂いているわけである。そこを見つけ出して育ててゆくのが親としての役目である。それをヘマばかりするから、自分の言う事を聞かぬからとて馬鹿ときめて口ぐせのようにののしるのは誤りであり、一命を助けて下された親神様に対しても相済まぬ事である。娘さんが怒り出して暴れたのは、今まで抑えていたのがふき出てきたのであろうが、このままでは親も助からず、子も助からずであるから、親も子も共に助かる信心をさせて頂かねばならぬ。それには先に信心を頂いている貴女から子に詫びて帰りなさい」
 と言われたのですが、それでも家に帰ったら包丁で殺されますと、恐れを抱いておる事を話されると、更に先生より
「それは神様によくお願いさして頂くから心配はない。それよりも家に帰ると思わず、神様よりお預りしている娘が、本当によくなり世のお役に立つ働きの出来るようにお世話のために奉公させて頂くのであるという心になって、神様へのご奉公に行かして頂きなさい」
 と重ねてみ教えを頂いて、やっと得心して戻り、娘さんに今迄悪かったと詫びました。その日はそれでおさまりましたが、今迄の反動からか、おとなしかった娘さんが詫びるお母さんに、のしかかるように無理難題をおしつけ、家の事はなにもしなくなったので、お母さんがたまらなくなり、教会にかけつけては泣いて訴える事が度々でした。その都度先生より、
「今まで長い間貴女が娘さんにしてきた事、言うてきた事を思い返せば、そのつぐないをする意味からも、無理を言われる度に、相済まなかったという心で、快く有難く聞いてさせて頂くならば、あなたのめぐりのお取払いも頂けよう。更に娘さんのよい処が現われて、立ち行きますように一心込めて祈り続けなさい。」
 とはげまされ、心をとり直し、出来ぬ体なら仕方もないが、動ける体にして頂いておるのであるから、働きの出来るのが有難いと常にお礼を申しながら、娘さんの言う事にさからわず、つくしておられますうちに、いつの間にか娘さんがおとなしくなり、家の用を進んでするように変って来ました。

 そして洋裁の腕も、あちこちのお店にほんの少しづつしか居りませんでしたが、もとより自分から進んでやりたい心かあったからでしょうが、数年の間にいつの間にか覚え込んでいたのでしょう。大変よい腕前になっておりまして、始めは近所の人の布地を借りて作りあげたのが、とても評判になり次から次へと頼みにくる人があとを絶えず、洋裁の出来ばえはよし、仕立賃も安いと皆に喜ばれるので、仕事も次第にふえ、いつのまにかそれで生活の道がついてくるようになりました。娘も良縁を頂き、とても良いお婿さんが来て下さり夫婦仲もむつまじく、子供も出来まして、家の中が明るく賑やかになり、お母さんお母さんと大変大事にしてくれ、何もせんでもよいからとお小遣まで呉れますが、何もせずに遊んでいるのが勿体なくて、駅前で自転車預りの仕事をさせて頂いております。娘夫婦もご信心を頂くようになり、お教会に参拝しては、親子共々に何かと御用さして頂くのが有難くて、此度もこうして御本部参拝さして頂くと申しますと、さあ行ってらっしゃいと旅費から一切用意してくれ、快く送り出されて、お参りが出来ます。思えば私ほど幸せな者はありませんと、先年御本部参拝の車中で乗り合せた一信奉者の方から非常な喜びを全身に現わしながら話されるのを伺いました。
 
 此のお話の中に信心の稽古が如何に大切であり、御取次を頂く事によって、親も助かり子も助かる道がついてくることを如実に物語っています。
 困る事、難儀な事は、そのよってくる原因は、仲々わかりにくいので、とかく人のせいにしたり、他のせいにしたがるのですが、よく考えてみれば、自分でその種を蒔いている場合が多いのです。
 難儀な目に合ってみて反省し、ああ間違っていたなと気付くのですが、前述のお母さんの場合のように、とほうにくれて気付かない時もあります。そんな時でも御取次を頂く事によって、気付かせられ、お詫びの心が起り、今迄の人を責める心、人に恩をきせる心、人を利用する心、人をあてにする心が消え失せ、話す言葉にも気を付けて、相手の人を助かり立ち行くように祈る心が強くなり、働くのも今迄のように自分の力でするのでなく、神様からお与え頂いている御用の場として、今日まで生かされてきた広大無辺の御神恩に報いる御奉公という心にもなり、「実意をこめてすべてを大切に」との現教主金光様のお言葉をもとにした生き方にならして頂く事が出来てゆくのです。 
 難儀がなくなり、万事好都合に運んでいる時は、尚更ありがたいと思うて一層信心の稽古に励んでゆく事が大切です。
 だが得てしてすべてが調子よい時はいつのまにか、信心が抜けてしまい、我がするという生き方になって、また新たな難儀の種を沢山蒔いてしまうのです。
 み教えに「信心は日々の改りが第一ぢゃ 毎日元日の心でうれしうくらせ」と仰せられてありますが、日々新たな心で、信心の稽古にはげみ、怠りのないように致したいものです。

(「おおさき」第8号 1971(昭和46)年11月16日 所収)