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[ 三代教会長教話 ]

2004(H16)年10月
三代教会長 田 中 花 枝

ふと思うこと 泌々思うこと


 御造営完成してから四回目の生神金光大神大祭です。御造営から四年を経たことになります。
 この新しいお広前に入らせて頂いた日がほんのこの間だったという気がしますのに、もう四年も経ったのですね。
 生神金光大神大祭をお迎えするに当たり、年老いた体に新しい命を日に日に頂いて、と勿体ない事だと心から思います。ありがたい事です。
 昨年八月十九日、厨房で椅子に腰掛けて作業をしていて、椅子からずるずると滑り落ちて右足の大腿骨を骨折、入院手術して以来、医師の診察を受けるために通院いたしますが、この一年余りは入院することもなくおかげ頂き、勿体ないこと日々を過ごさして頂いております。私は平成元年から現在まで様々の病を神様から与えられ、体験させて頂いたのですが、自分が辛い思いをせねば人の辛いことが解らない私だと泌々思います。
 二、三年前から耳が遠くなり始め、次第に進んでゆくようです。補聴器でなく、集音器で辛うじて用を足させて貰っていますが、耳のよく聞こえないのは辛いものです。その中で聞かして頂ける喜びを感じます。喜びと言えば私が耳が遠いというので、私が診察をうける時は常に娘が付いてくれています。その娘が、「お母さんの心臓は半分しか働いてないんですって」と言います。私は半分も働いて貰っているんだナと嬉しく思ったのでした。
 思えば平成元年から次々とかなり重い病名の付いた病を頂き、入退院を繰り返しておりました。その間お広前の御用を怠っている事がとても辛くて、入院するとすぐ「何時退院出来ますか」とすぐ聞くので笑われたり叱られたりもしました。
 病院病気の種類に依って幾つかの病院にゆきましたが、どこの病院でも病気に対する心構えがよいと褒めて頂いたのですが、当時の私は別に感ずることもなく、当たり前の事なのに…と思っていました。おかげを受けておかげを知らぬとは私の事だナと泌々思います。
 いつも退院して教会へ帰らして貰うと、「さあ、おかげ頂こう」と元気いっぱいの気持ちで御用を変わらずさせて頂くのですが、昨年八月足の骨を折って手術して退院して来たとき、まず朝の五時半の御祈念からの先唱をさせて頂くこともあるのですが、この時も実際は先唱は出来るおかげ頂いていましたが、体力が回復しないからと言い、出来る限りの先唱はして頂き、御結界に御用することも、祭事、教会外の御用も元雄先生にして頂くようにとの思いが私の心に湧き上がってきて、それ以来、神様に御礼と御願いをしながらおかげを頂いて来ております。
 私は私なりのケジメを付けて、之は絶対のおかげを受けて行こうという事を決め、体の辛い日はあっても、トボトボとする時もありますが、おかげ受けさせて頂いています。
 以前書かせて頂いたことがあるように思うのですが、毎日一日も欠かさず日参して、外殿のから拭き、洒掃、草木の世話、床や椅子、トイレ、と心込めて洒掃し、その方々が御用が済んでホッとしてお広間の御神前に向かわれる。元雄先生が御祈念を頂いておられるのに皆が合わせるようになって自ずと始まった勢祈念が何年か前のことで、現在の朝十時の御祈念の時間となったのです。
 手作りの会も、八山シズ子さんが手作り出来るものを勉強して皆さんに見せて下さっていたのが、次第に手作りのグループが出来、手作りの会になっていったように私は記憶しております。
 教会の気功教室も、様々の変遷があったのですが、今日では、初期の頃は信者さん達が多かったのが、今は木曜日の夜になると、地域の方達があちらからこちらからといきいきと輝いて集まって来られます。気功をしておられる姿もなかなかお見事です。心が輝くと目がキラキラ輝き、その喜び大きいと体から後光が射すように体からも輝きます。それくらいイキイキとした心を弾ましての気功の参加です。ありがたいものですネ。
 私共は、自分にとって都合が悪く心掛かりの事があると、その事ばかりを考えて辛くて辛くて落ち込んでしまうこともあります。そんな時いつも大きな川幅のある川の姿を思い出します。大きな川は、人が様々な物を投げ捨てても何にも言わずに受け入れて静かに流れてゆく……。何と素晴らしい事だろうと思います。自分だったら、「いやだ!」とか「困る」「苦しい」、そんな事を心の中で絶叫するだろう。私も川の流れのように、何でも受け入れる人にならして下さいと祈るような気持ちになった時に感ずる心の安らぎ。信心って有り難いですネ。
 それで私は精神的に苦しんでいらっしゃる方達に、この川の流れの心の安らぎのお話をさせて頂いています。
 天地の無限の御働きの中に命を頂いて、生かされて生かさせて頂いている私、その事を教え、心の眼を開かせて頂いている私たち信奉者たち。
 生神金光大神様、ありがとうございます。