| モロさん 日々御取次有り難うございます。 教会長辞任して三ヶ月が過ぎました。寒さの所為もありますが、すっかり引きこもり状態です。車はあっても免許証はなし、日々の散歩が唯一の「外の空気」を吸うチャンスで、後はもっぱら「ご祈念三昧」ならいいのですが、自分では「身辺整理」というか、「残務整理」に費やしております。
さて、今月のメルマガを拝読いたし、ここまで70年以上、自分勝手に決め付けていた金光大神像が間違っていたことに気づかせられました。というのは、私は金光大神は「腹立ち」から道を開かれ、「腹立ち」から神さまへのステップアップをされたと思い込んでおりました。
むろん「腹を立てるな」というみ教えは、よく存じておりますが、ご無礼を承知で、敢えて申せば、被害妄想とまでは申しませんが、何一つ「思うようにいかず」、そのことに「腹を立てて」独自の信境を開かれたと思っていました。
極端なことを申せば、神さまに対しても同様であったと思っていました。「祈念、祈念におろかもなし。神仏願いても叶わず。いたしかたなし」と、ぶつけようのない「腹立ち」が、ご自身のなかに「真の信心」を生み出されたと思っていました。 ご家族に対しても、直信といわれている人々に対しても、ずいぶん辛抱をしておられるが、いよいよのところは、彼らに対する「腹立ち」を、新しい信念に転化されて、新しいエネルギーにされたと思っていました。
メルマガを拝読いたし、私が実に「浅はかな受け止め方」であったことに気づき、お詫びを申し上げ、また、モロさんのご信心に感謝し、敬服いたします。 常盤台教会 三宅美智雄
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